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新春特集 いつまでも夢追い人
●【生きる指針のコーナー】第13号(2006年 1月号)目次
1-新春特集 いつまでも夢追い人
2-シリーズ「この人、この仕事」
  「どんな靴を履くかで足の悩みは解消できるんです」

新春特集
いつまでも夢追い人
六十なんて、まだまだこれから――。今回の特集では人生にさらなる花を咲かせたお二方をご紹介。若い頃は夢が一杯あったけどなあ、なんて遠くを見ているあなた。今からだって、日々は輝きます。

69歳でプロ・テニスプレーヤーに! 〜越智重敏さん(84歳)

越智さんはテニス以外にも水彩画やギターを嗜む人生の達人。お嬢さんとの合奏をめざし、ただ今ハイドンのセレナーデを練習中。

定年までは「つかず離れず」のテニス人生
 越智さんとテニスとの出会いは学生時代。サラリーマン時代は会社のテニス部に所属し「転勤先にコートがあればやる、なければ中断する」というスタンスでテニスを楽しんできた。この頃は自分がプロになるなんて、思いもしなかったそう。

リタイア後は「テニス三昧、のちコーチ」
 そんな越智さんが「テニス三昧」になったのは定年後の就職先を辞めた61歳から。そして「こんなに遊んでばかりでいいのかな」と漠然と思っていたところ、知人の口利きでコーチに。62歳の時だ。

69歳プロ、誕生す
 その後スクールの社員となり、順調にコーチを続けた。しかし次第に「同じコーチでもプロは格が違うな」と悔しく思うように。そこで一念発起してプロ試験にチャレンジ。研修合宿に参加し、筆記試験の勉強に打ち込み、見事合格。69歳のプロの誕生をスクールの生徒さん達もお祝いしてくれたそうだ。

プロを辞してもやっぱりテニス
 その後の越智さんはプロの名に恥じないようコーチ業に勤しんだ。が、74歳の時に辞職。「年下の生徒さん達は元気はつらつ。自分がコーチするのは失礼かも」との思いからだ。越智さんは再び「遊びのテニス」を楽しむ身の上となった。

全国大会の常連に
 現在の越智さんは週2回コートに通い、シニア向け大会で活躍している。大会にはダブルスで参加。今年は89歳の相方と組み、首都圏だけでなく、芦屋や仙台の大会にも。名門・田園テニスクラブの百寿庭球大会では準優勝。「悔しかったけど、90歳近いパートナーと試合できるだけでもいい」とニコニコ。コーチを辞めた頃は、負けると悔しくて仕方なかった。年を重ねて「勝てば嬉しいけど、負けてもいい」と思えるようになったそうだ。

病気や故障もなんのその
 80代にしてハードなスポーツを楽しめるのだから、さぞかし健康に恵まれた方かと思いきや、実は越智さんの心臓には金属製のコイルが入っている。狭心症なのだ。「医者は『いつまで持つ』とかはっきり言ってくれないんですよね」とこぼしながらも、表情は柔らか。今、1ヶ月前に痛めた肩が上がらず、思うように球が打てない。復帰を狙って小休止中だ。「体力が続くだけテニスを続けたい」という越智さん。瞳の先には、明日がある。84歳のスポーツマンのテニス人生は、まだまだ続く。


ガンを乗り越え59歳で日本語教師に 〜橋本文子さん(63歳)

日本語教師としての日々を過ごすうち、ガン再発の危惧から脱する「5年目」を迎えた。
医師は「卒業です」の言葉をくれた。

高校教師時代にガンに
 高校で英語教師をしていた橋本さんにガンが見つかったのは50代半ば。精密検査の結果を待つ間、教師時代の楽しい思い出と「苦しかったらどうしよう」という気持ちが交錯し、布団の上で悶々とした。幸いガンの進行は遅く、手術は無事成功。が、2年以内の再発率は50%。5年間再発しなければ安心だという。術後の経過に注意する日々がスタートした。

病を乗り越えるべく、新たな勉強を!
 退院後の橋本さんは学校を退職。再発したとき迷惑を掛けたくなかったからだ。3ヵ月ごとに再発チェックの検査をする日々に湧き上がってきたのは、「新しく勉強を始めて、ガンを乗り越えよう!」という気概。選んだのは日本語教師育成講座だ。実は橋本さん、体系的な教え方は学んでいなかったものの、この時すでに外国人に日本語を教えるボランティアをしていた。

日本語で日本語を教える教師に
 日本語を教える勉強に本腰を入れ始めた橋本さんだが、納得いく教授法に出会ったのは58歳の時だ。それはEII教育情報研究所の「日本語で日本語を教える」教授法。「英語に置き換えて教えたら意味がずれる。日本語は日本語で」ということなんだそう。橋本さんはこれを1年でマスター、59歳で日本語教師になった。以降、非常勤講師として都内で教鞭を取っている。

日本語教師は面白い!
 橋本さんがこれまでの生徒との関わりから感じてきたのが、「夢のお手伝いをしている」という喜びだ。「将来は外交官か政治家になりたい」という英国人男性や、「母国で小学校の日本語教師になりたい」というオーストラリア人男性など、夢の形はさまざま。彼らの人生の一端に触れるとき「日本語教師は面白い」と感じるそうだ。

外国で日本語を教えてみたい
 日頃は教える側の橋本さんだが、実は生徒の立場だったことも。それは夫のフランスへの企業派遣に同行した30年前のこと。世界の人々と肩を並べて学ぶ語学学校での日々に心底ワクワクしたそう。「当時は無自覚だったんですが、いつかこの逆をしてみたいと思っていました。それが私の原点です」と語る。そんな橋本さんの今の夢は「フランスで日本語を教えること」。30年の時を隔てて、夢はぐるりと繋がっている。

(取材・構成/西村信子)

橋本さんによる「日本語教師体験授業」、「日本語教育入門」の公開講義が行われます。
詳しくは紙面4頁イベント情報をご覧ください。

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